【コラム】ジャパニーズウイスキーの表示に関する基準を解説します〜前編〜

ガイアフロー静岡蒸溜所 代表の中村大航です。

本日、待ちに待った「ジャパニーズウイスキーの定義」が、日本洋酒酒造組合から発表されました。その経緯、内容が分かりにくいと思いますので、明文化されていない情報を加味して、私なりの言葉で3回に分けて解説したいと思います。

まず、前編では、基準がつくられた背景や経緯、その意味合いについて書いています。

日本洋酒酒造組合とは

全国のウイスキー、ブランデー、スピリッツ、リキュール、甘味果実酒及び雑酒(性状がみりんに類似するもの)のメーカー82社が加盟する、業界団体です。

日本洋酒酒造組合 公式サイト
http://www.yoshu.or.jp

サントリー、ニッカ、キリン、本坊酒造といった大手はもちろん、ベンチャーウイスキーや弊社ガイアフローなどの中小企業も含め、ほとんどの国内メーカーが加盟しています。

ですので、組合で決められたことは大きな実効性を持ちます。

また、税制に関する業界内の要望を取り上げ、国に要望を出すなど、実質的な影響力を持っています。

日本洋酒酒造組合の自主基準です

お酒に関する各種の規定は、基本的に酒税法や食品衛生法などの法令で定められていますが、それ以外に、組合に加盟しているメーカーが守るべき「自主基準」を独自に策定して、お酒の適切な表示や誤認防止などを図っています。

今回発表された、ジャパニーズウイスキーの定義も、日本洋酒酒造組合の自主基準のひとつになります。

日本洋酒酒造組合が独自に定めた自主基準
http://www.yoshu.or.jp/statistics_legal/legal/independence.html

例えば、缶チューハイなどで見かける「これはお酒です」という大きなマークは、日本洋酒酒造組合の自主基準に基づいて各メーカーが表示しています。

ジャパニーズウイスキーと海外産ウイスキー

弊社は静岡蒸溜所を稼働させ、自社でシングルモルトウイスキーを製造販売しています。それには、莫大な設備投資と数年間の熟成という多大なコストがかかります。ジャパニーズウイスキーの製造は、キャッシュフロー重視の現代の経営の世界においては、非常に効率の悪いビジネスです。

一方、熟成済みの海外産原酒を使ったブレンデッドウイスキーは、仕入れてブレンドしたら直ぐ販売できるため、会計的には優れたビジネスと言えます。

シングルモルトを製造しているメーカーの多くは、売上を確保し、利益を賄うため、ブレンデッドウイスキーも製造販売しています。それらのメーカーでは製品の品質向上のため、自社の熟成庫にて、輸入した熟成済みの原酒を改めて樽に詰め、追加熟成を行っている場合もあります。

他方、自社でウイスキー原酒の製造を行わずに、輸入原酒をブレンドしただけで販売したり、さらにスピリッツをブレンドして、ブレンデッドウイスキーを販売している会社も多々あります。酒税法上は、これらもウイスキーの製造にあたります。

元々、日本でのウイスキー製造は、本場のスコッチやアイリッシュなどのウイスキーを真似て製造されたイミテーションウイスキー(ウイスキー風の模造酒)から始まっています。現在の酒税法で、ウイスキーの原材料として9割はスピリッツをブレンドしても構わないと規定されているのは、その歴史が発端となっています。

市場に吹き荒れる、日本風ウイスキーの嵐

21世紀になって、海外の市場がジャパニーズウイスキーの魅力に気づきました。日本国内でもマッサンの放送に端を発したブームが起き、需要が供給を遙かに上回るようになりました。しかし、ウイスキーは仕込んでから何年も熟成が必要なため、すぐには需給のギャップを解消できません。

その需要過多の状況で、流通にのったのが日本風ウイスキーです。日本的な商品名と和風なラベル、パッケージで、消費者が日本国内で製造されたウイスキーと誤認してしまうような商品です。

問題は、現在の日本の法令では、日本国内で製造されたウイスキーか、海外産原酒を使ったウイスキーかを明確に区別して表示する規定が存在していないことにありました。ワインの世界では規定されている原産地呼称の概念も存在しません。このような状況の下、ジャパニーズウイスキーと、そうでないウイスキーが混然一体となって販売されているのが実情です。

海外でも、ジャパニーズウイスキーの規定が存在しないことによって引き起こされる混乱が問題になっています。

海外で売り場を覗くと、日本国内では見たこともない商品が販売されています。日本から輸出はされていても、原酒が日本で製造されているかどうかを見分ける術がありません。もしくは麹由来の焼酎を樽熟成するなど、日本の酒税法上もウイスキーと呼べない商品が、ジャパニーズウイスキーとして販売されていたりもします。

あまりに混乱しているため、どれが日本国内で製造されたウイスキーか判別するため、有志によって下記のようなチャートが制作され、公開されているほどです。(本チャートの内容が正確かどうかは分かりません。各メーカーは自主基準の施工前に、各商品の原酒構成を変更しています)

状況を憂慮した国内ウイスキー業界が、自ら基準を決めた

ジャパニーズウイスキーへの注目が世界的に高まる中、日本で造られたウイスキーと消費者に誤認させて販売することが目的と思われる商品が市場に多く流通する状況を憂慮した、日本洋酒酒造組合が自主基準を策定した次第です。

ちょっと長いのですが、ジャパニーズウイスキーの定義の序文を引用しますので、まずはご一読ください。特に読んでいただきたい部分を、赤字にしてあります。

〜引用はじめ〜

ジャパニーズウイスキーの表示に関する基準施行にあたって

日本で本格的なウイスキーづくりが始まって、100 年になろうとしている現在、日本のウイスキーづくりは、世界中の多くの方々に支持されています。

ただここ数年、外国産の原酒のみを使用したウイスキーをジャパニーズウイスキーとして、輸出販売する、また日本の酒税法上ウイスキーとは言えないブランドが海外においてウイスキーとして販売されるなど、お客様に一部混乱を招いているとも認識しています。

日本のウイスキー造りの歴史を紐解いてみますと、異国の地にウイスキーづくりを学んだ先人達の努力は、日本の豊かな自然で育まれたウイスキー原酒づくりや、日本独自のブレンド技術を生み出しましたが、日本のウイスキーは元々スコッチウイスキーを手本に製造が始まりました。スコッチでは多数ある蒸溜所間で原酒を交換することで多様なタイプの原酒を確保し、それらを自社原酒にブレンドすることで商品の開発や品質を維持していくこ とが一般的に行われています。一方、日本ではこのように原酒交換を行う習慣はないため、各製造者がしのぎを削りながら切磋琢磨して自社で多様な原酒を造り分ける技術を確立すると共に、海外に蒸溜所を所有する、あるいは海外からの輸入原酒を活用することで、繊細な味覚と巧みなブレンド技術により美味しい日本のウイスキーを提供してきました。こうした発展がまさに日本におけるウイスキーづくりの歴史、伝統、文化であることは言うまでもありませんし、その努力が多くの日本人の飲酒文化を豊かにし、世界の人々に支持されていることは、我々、日本洋酒酒造組合に集う製造者にとって誇りであり、多くの先人達の努力の賜物と感謝して止みません。

そこで日本洋酒酒造組合としては、これまで培ってきたウイスキーづくりの評価を毀損す ることなく、ジャパニーズウイスキーの定義を明確化し、国内外に明らかにすることによっ てお客様の混乱を避けるとともに、日本で独自に進化してきたウイスキーの価値を引き続きお客様に訴求することで、さらなる業界発展に繋げたいと考え、議論を進めてきました。

以下にその自主基準を示します。

2021 年 2 月 日本洋酒酒造組合理事長

〜引用おわり〜

国内の実績あるメーカーが基準を策定

今回、発表されたジャパニーズウイスキーの定義は、日本洋酒酒造組合に所属する、日本ウイスキー業界の立役者と言えるメーカーが集まったワーキンググループで検討されました。そのメンバーは、サントリー、ニッカ、キリン、本坊酒造、ベンチャーウイスキーと聞いています。

ワーキンググループは2016年に発足し、2021年初頭まで議論に議論を重ねたそうです。その議論の過程は非公開となっており、組合員であっても知ることはできません。ですから弊社も含め、ワーキンググループに参加していないメーカーは最終的な定義に至った経緯や理由は分かりません。

私も議論していることは知っていましたが、ワーキンググループのメンバー各社を信じて、結論が出るのを今か今かと待っていました。

そして今月、ようやく理事会での承認を経て、ジャパニーズウイスキーの定義の発表に至った次第です。

メーカーが自らの身を削ってでも「ジャパニーズウイスキー」を守る決意をした

今回発表されたジャパニーズウイスキーの定義の内容は、非常に厳格な内容となっています。

一貫して日本国内で製造していないと「ジャパニーズウイスキー」と名乗ることができません。海外からの輸入原酒やスピリッツ、麹由来の焼酎、泡盛などを少しでもブレンドしたら認められません。少なくとも3年間の熟成をしていないと認められません。

シングルモルト・ウイスキーのメーカーとしてのガイアフローからしても、世界に胸を張って宣言できる内容と言えます。

しかしながら、それは一方で既存の商品に大きな影響を与える内容でもあります。

国内各社の主力商品であるブレンデッドウイスキーや、ブレンデッドモルト(ヴァッテッド)ウイスキーの多くには、海外から輸入した原酒がブレンドされており、それらは「ジャパニーズウイスキー」と名乗れないからです。

さらに、海外の原酒などを使いながら、日本的な商品名や表示をしようとした場合、海外産原酒を使用していることを明示する必要があります。既存の枠組みで企画され、販売されてきた商品にとっては、ブランドイメージに大きなマイナスの影響が出ることでしょう。

日本国内で製造されているウイスキーは、国内市場全体からすれば極一部であり、市場の多くは海外産原酒を使用したウイスキーであることを考えれば、それらを製造販売しているメーカーが、自ら厳しい基準を策定したことは驚きに値します。

まもなく日本でのウイスキー製造の歴史が100周年を迎えようとする中、各社がわが身を削る内容の自主基準を定めたことは、山あり谷ありの長い道のりを創ってきたメーカーの「ジャパニーズウイスキー」の誇りを守ろうという決意の現れだと感じます。

ここから「ジャパニーズウイスキー」の新たな100年が、造り手自らの意志で始まったと言えるでしょう。

中編・後編は、基準の内容について細かく解説します

自主基準の内容に関する解説を、次の記事で書いています。

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